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2019年1月 1日 (火)

「高砂駅のしおり」 と 連動図表

あけましておめでとうございます。

本年も拙ブログをどうぞよろしくお願い申し上げます。


新年は、おめでたそうな?「高砂駅」の話題です。


Photo_10
 
 

高砂駅でいただいた、「高砂駅のしおり(Guide of Takasago . St.)」です。
申し訳ないのですが、いつのものか判然としません。おそらく昭和58年頃と思います。
いつもは入場券などで確定できるのですが、見つかりませんでした。
高砂駅ではきっぷの発売は無かったのだと思います。

しおりの写真は「じょう と うば」。謡曲「高砂」の「尉と姥」の言い伝えがある、高砂神社の最寄駅でした。

Photo_11
 
 
貨物の案内はあるのですが、やはり旅客営業はなかったようで、かわりに近くにある旅行会社の案内が記載されています。旅行の相談には乗ってくれるようですが。
「きっぷは車内で車掌からお求めください」とのことでした。

裏面です。

Photo_12
 
 
こうした「しおり」が用意されていることに感激しました。高砂市の中心駅ということで、企業等の訪問者(学校の社会見学なども?)が結構あったのでしょうか。
観光、産業的背景をうかがわせる内容ですね。


次は,やや不鮮明ですが、青焼きの連動図表です。
やっぱり、この話題になってしまいます(汗)。


Photo


当駅で折り返して国鉄高砂工場へ至る線があり、機械式入換信号機(この当時の国鉄の運規上は機械式入換信号機はないので、入換標識としての運用と思います)が設置されています。
先ほどの「しおり」によりますと、この高砂駅とその先の高砂港駅から
キッコーマン醤油、播磨耐火煉瓦(現黒崎播磨)、神戸製鋼所、三菱重工業、三菱製紙、鐘ヶ淵化学工業(現カネカ)、福栄肥料と国鉄高砂工場への引き込み線があったそうです。

一部軌道回路がありますが「第二種機械丙」ですので信号のためではなく、踏切制御に使用されていたものと思います。

てこ配列図の連鎖が入換信号機にしか記載されていないのですが、同一ルートの1と3、2と4の間に「こま」はかかっていなかったのでしょうか。

Photo_9
 

脱線転てつ器(脱線器?)が2カ所あります。11号はリバーによる2動、10号は12号と連鎖が付されているのですが、よく見ますと転換器は10号にしかなく、3動の様です。転換は重たかったのでしょうねー

高砂線は昭和61年に廃止されてしまいましたが、一部区間は廃線跡のまま未舗装で残っていて歩くこともでき、高砂駅の場内信号機は以前と同じ場所に現存します。

見に行ってみました。

次郎助踏切跡付近です。

Photo_8


右が加古川方、左が高砂工場方です。


Photo_3

平成30年12月31日撮影の高砂下り場内信号機です。
貨着発線場内は眼鏡だけで、腕木は付いていません。
すぐ加古川方に民家が建っており、見通し距離が大変短く注意が必要です(笑)

Photo_7

腕木式信号機を保存してあるところは多いのですが、残念ながら「変」な復元がなされているものがほとんどで、研究?対象になりません。高砂のものはほぼ現役時代のままでいいですね。

直下には信号リバーなどが保存されています。こちらは駅本屋から移設されているので、単なるモニュメントです。
 

Photo_4

Photo_5


近くの説明板です。
専用線の延伸計画があったとのことで、貨物輸送が華やかだった頃が想起されますね〜

Photo_13


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高砂工場に至る専用線跡のすぐ横にある倉庫敷地には、こんな車体もありました。高砂工場の配給車代用のワム60000ですが、表記がはがれて吹田工場の文字が出てきています。残念ながら、車輪はありません。


市街地を走る線区ですから、今ならLRT化してでも残せたのではないか、と思います。

Photo_6
 
 
近くの高砂神社です。今日は初詣客でにぎわっていることでしょうね。
 

 
 

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5.旅行・その他」カテゴリの記事

コメント

3RT生さん、こんばんは。

高砂駅の貴重な連動図表の公開をありがとうございます。踏切制御というのも、奥が深い分野のような気がします。


高砂駅の下り場内信号機は残っているのですね。一度、訪れてみたいと思いました。

KASAさん、こんばんは。コメントありがとうございます。
高砂駅の腕木式信号機は、ピナクルが旧式で気に入っています。
「廃線跡」は別のカテゴリですが、小生もかつて訪れた所では、何か当時を偲ばせるものがあるのか、
旅行先で時間を作って見て回っております。
他でも腕木式信号機を置いているところは多いですね。
それにしても、もうちょっと正確に復元していただきたいものです・・

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